西都大宰府の空に

西都大宰府を中心に文化財、史跡、名勝、研究会等を紹介していきたいと思います。更新ペースは気ままにまったりの予定。

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晴明の井

【名称】:晴明の井(せいめいのい)
【所在地】:福岡県太宰府市朱雀4丁目
【時代】:不明
【内容】: 平安時代中期に実在した陰陽師安倍晴明が開いたと伝えられる井戸で、どんな日照りにも涸れることはないという伝承がある。もちろん、安倍晴明が大宰府にきたという記録はないので、水場の縁起の一つとして晴明の名前があがったのだろう。これは役小角や空海でも同じような伝承を持つ場合が多い。(無論、何故晴明だったのか、という問題は残るが…。ちなみに福岡県内に残る安倍晴明の伝説を持つ井戸は、福岡市東区金平、前原市泊、宮田町にあるらしい。また調べておきたい項目である。)

 この井戸の水を飲んだり、出産時に使うと安産するという信仰があり、安産の井戸、長命の井戸ともいわれている。三角形の平石は水を守る神様をあらわしているという。
 近代まで付近は水場として使われていたが、道路整備にともなって水場を埋めてしまった。そのせいで井戸の水も影響を受けている。

晴明の井(北から)
都市化したなかに目立つ榎の大木の麓に、晴明の井はある。

晴明の井の社
新しくなった井戸の囲い状の社。


三角形の石板
水場の神様。


榎の大木(南から)
榎の大きさがわかってもらえるだろうか。


榎の状況

かなりの古木なのでムロになっている。

テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2007/11/30(金) 03:36:09|
  2. 筑紫の文化財
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【広報】太宰府の文化財

太宰府市が出している広報の最後のページに、太宰府市内の文化財について連載がされています。いままでは最新号がPDFのデータで公開されていたのですが、このたび過去のバックナンバーもPDFデータ化されて公開されました。

市内のいろいろな文化財の記事をみることができるので、良かったらどうぞ。

Web広報だざいふ

太宰府の文化財バックナンバー

テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2007/11/05(月) 12:51:15|
  2. 筑紫の文化財
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太宰府市 朝日地蔵

【名称】:朝日地蔵(あさひじぞう)別名は、湛慧禅師ノ塔、旭地蔵。
【所在地】:福岡県太宰府市観世音寺5丁目1950
【時代】:はっきりとしないが創建は江戸時代か。
【内容】:横岳崇福寺を創建した禅僧湛慧の墓と呼ばれている。由来としては以下のような話が伝えられている。

「鎌倉時代、観世音寺にも鬼すべの行事があったころの話である。

観世音寺の1月7日の鬼すべでは、その日寺のそばを通る人を捕まえて、頭に鬼の面をかぶせ、彩色の服を着せて鬼として、皆で打ったり叩いたりした。それを恐れて当日は道を通る人もない有様で、何も知らずに通りがかった旅人などが、捕まって鬼にされたりした。

ある年の鬼すべの日、湛慧はたまたま観世音寺の近くを通りかかった。お供の弟子は捕まったら大変だからと、別の道を行くことをすすめた。湛慧はまさか僧を捕まえることはあるまいと観世音寺の前まで来たところ、弟子が心配していたとおり、捕まって鬼にされ散々な目にあった。
思いもかけぬ辱めを受けた湛慧は憤慨のあまり、朝日山の東側に穴を掘ってその中に籠もってしまった。穴の中から読経の声と鉦の音が何日も続いていたが、ある日それが聞こえなくなった。中を覗いてみると、湛慧は座ったまま息絶えていた。

土地の人々は亡骸を手厚く葬って供養し、後にここに地蔵を祀ったのが朝日地蔵ということです。」


現在では地域の方に手厚く保護されているのが特徴。
祭日は毎月4・14・24日、夏祭り7月13日夕方、春彼岸・秋彼岸千人詣。
朝日地蔵正面

朝日地蔵(斜めから)
内部の石碑など
お参りをする人が絶えない


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  1. 2007/09/23(日) 16:24:21|
  2. 筑紫の文化財
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太宰府天満宮 和魂漢才碑

【名称】:和魂漢才碑(わこんかんさいひ)
【所在地】:福岡県太宰府市宰府4丁目7-1
【時代】:江戸時代(安政5(1858)年)
【内容】:「和魂漢才」とは、漢学に精通しつつも、日本の精神を失わないようにという目的を表した四文字。その言葉が、菅原道真の学識と教学を的確に表していることから各地の天満宮で建てられていることが多い。明治維新の後には、これをもじって「和魂洋才」という言葉も生まれた。
 この碑は、安政5(1858)年に、菅原為定の書で西高辻信金を中心として、平田鉄胤他多くの学者や志士により建碑されたものである。
石碑全景

石碑近景

和魂漢才の語
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テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2007/09/04(火) 12:06:07|
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太宰府天満宮 鷽(うそ)

太宰府天満宮の手水舎の東側にある銅製の鷽像は、嘉永5年(1852)に奉納されたもので、天満宮の守り鳥として有名です。毎年1月7日に行われる「鷽替神事」の主役の鳥です。このお祭りに参加すると、1年中の嘘を天神様の誠心と取り替えてもらい幸福になると言われております。

画像を見てもらうとわかりますが、とても可愛いです。

銅製鷽002

銅製鷽001

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2007/08/26(日) 22:44:13|
  2. 筑紫の文化財
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Author:高橋 学
筑紫の地ではや15年。月日は百代の過客。

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