西都大宰府の空に

西都大宰府を中心に文化財、史跡、名勝、研究会等を紹介していきたいと思います。更新ペースは気ままにまったりの予定。

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「太宰府発見塾」公開講座の開催

もう開催が迫って明日になってますが、太宰府市が主催で公開講座があります。
お時間がある方はご参加をされては如何でしょうか。

演題は、「野村望東尼と太宰府天満宮] 、「旅人と憶良」~大宰府の出逢い など、
人物に焦点を当てた興味深いものです。



場所は九州国立博物館ミュージアムホール です。




「太宰府発見塾」公開講座を開催します!!

市制施行30周年のプレイベントとして、次のとおり公開講座を開催します。
是非、ご家族連れでお越しください。
申し込みは不要です。

とき・ところ

日時 平成24年3月24日(土曜日)
開場13時30分
開演14時00分
会場 九州国立博物館ミュージアムホール
入場料 無料
定員 300名(事前申し込み不要)


プログラム

開会 14時から14時5分
講演 14時5分から16時
第一部 14時5分から15時5分
演題 「野村望東尼と太宰府天満宮」
講師 谷川 佳枝子さん

第二部 15時10分から16時
演題 「旅人と憶良」~大宰府の出逢い
講師 森 弘子さん(太宰府発見塾塾長)

閉会 16時から16時5分




このページに関する問い合わせ部署: 文化財課
電話番号: 092-921-2121
FAX番号: 092-921-3667
http://www.city.dazaifu.lg.jp/bunka_h/jigyoukaisaituuti/hakkennjukukoukaikouza.html

  1. 2012/03/23(金) 00:55:38|
  2. 文化財イベント関連
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第30回中世土器研究会 2011年度大会

例年行われている中世土器研究会の大会の案内が届きました。

今年は若手の研究成果を出す場のようです。
自分は何もできず中年と呼ばれる年になっておりますが…。

あと、今年の大会はちょっと参加が厳しい情勢で、残念です。


 各位

 いつもお世話になっております。

 恒例の大会も第30回となりました。本年は「新世紀の土器・陶磁器研究」と題しまして、
各地の若手のみなさまにご報告をいただき、研究の来し方行く末を議論できればと考えて
おります。12月3・4日、京都府中小企業会館で開催いたします。ご多忙のところ恐縮
ですが、ふるってご参加くださいますようお願い申し上げます。
 詳細は別添の大会チラシ(pdfファイル)をご覧ください。




日本中世土器研究会 事務局
中井 淳史
chudoken@hotmail.com
http://www.chudoken.com/


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  1. 2011/10/24(月) 23:28:27|
  2. 研究会
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多賀城市に文化財担当職員派遣 太宰府市

■板倉の被災状況や収蔵文書など調査

 福岡県太宰府市は17日、東日本大震災で被災した宮城県多賀城市に文化財調査担当の職員を派遣すると発表した。多賀城市内に残る木造倉庫「板倉」の被災状況や収蔵文書などを調べる。23日-6月末に交代で延べ6人が従事する予定。太宰府市は多賀城市と友好都市で、派遣要請に応じた。

 九州7県の文化財担当部署によると、東日本が被災して九州の自治体が職員を文化財調査に派遣した例はおそらくないという。

 多賀城市文化財課によると、板倉は江戸-明治期に建造され、市内に約50棟が現存する。しかし震災による津波で多くが浸水し、所有者が取り壊す懸念もあることから、史跡を抱える全国の市町村などに協力を呼び掛けたという。

 太宰府市と多賀城市は、奈良時代に地方の拠点として栄えた共通点を持ち、2005年に友好都市を締結。太宰府市文化財課は「少しでもお役に立ちたい」としている。

=2011/05/18付 西日本新聞朝刊=


http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/242575

  1. 2011/05/19(木) 06:56:28|
  2. News
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若宮神社の杜

所在地:太宰府市国分4丁目

数量:一

概要:太宰府市市指定天然記念物。指定は平成21年3月3日付。

若宮神社は筑前国分寺の北東に位置する石祠です。石祠が作られた時代は江戸時代後期と考えられています。その石祠を覆うように3本のムクノキの巨木が繁茂しています。
その最大木は樹高18.3m、幹周4.8m。これは太宰府市内最大であり、福岡地方でも最大級の大きさを誇ります。根本周辺に育成するネズミモチ、ヤブツバキなどの樹木も併せて保護の対象になっています。

若宮神社の杜

参考
http://www.city.dazaifu.lg.jp/data/open/cnt/3/3895/1/P48.pdf
  1. 2011/05/02(月) 05:39:34|
  2. 筑紫の文化財
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冨永朝堂 資料001(西日本シティ銀行:地域社会貢献活動:ふるさと歴史シリーズ「博多に強くなろう」より)

資料用として、西日本シティ銀行:地域社会貢献活動:ふるさと歴史シリーズ「博多に強くなろう」から引用

No.33
博多が生んだ彫刻の巨匠
山崎朝雲、冨永朝堂
対談 :昭和60年6月
司会・構成 :土居 善胤
お話:彫刻家 冨永朝堂
聞き手:九州造形短期大学学長 谷口 治達氏
     博多町人文化連盟理事長 西島伊三雄氏
     福岡シティ銀行頭取 四島 司 ※役職および会社名につきましては、原則として発行当時のままとさせていただいております。


太宰府のたたずまいに魅(ひ)かれて……
四島
朝堂先生には、私の父の四島一二三が90歳のときに、胸像をつくっていただきましたので、今日はお話をうかがえて、たいへん嬉しく思っております。彫刻というのは、人間の内面までも浮き彫りにしてしまうようなところがありますね。父も、「私よりも私に似ている」と言っていました。

冨永
あれは昭和45年頃でしたね。粘土で原型をつくりましたが、見にこられたご本人が、「やっ、四島くん」と手で敬礼して、自分より似ていると言われた。ユーモラスな方でしたな。

四島
お庭を拝見していますと、しっとりとして、なんだか、奈良にでも来たような気がしますね。都府楼の風趣に融(と)けこんだ、年代のあるたたずまいで、たいへんいいお住まいですね。

冨永
東京の爆撃が激しくなりましたので、疎開したのです。昭和19年からですから、もう40年を越しました。

谷口
来られたときは、一軒家だったのでしょう。

冨永
ええ、一軒家で、西鉄電車の都府楼で降りて太宰府の方へ歩いてこられると、誰にでもすぐにわかりました。
ここは、聖福寺の戒応老師に「観世音寺の近くにいい場所がある」ということで教えてもらいました。昔の庄屋さんの家というわらぶき屋だったんですが、僕はなるべく鄙(ひな)びたような家に住みたかったんです。
ここから、宝満、耳納(みのう)まではるかに見わたせました。太刀洗(たちあらい)飛行場から敵機要撃にむかった飛行機が撃墜されて、煙があがっているのが見えたこともありました。
終戦後、いろいろな人から、そろそろ東京へ帰ってもいいんじゃないかと言われましたが……、結局はここにずっといることにしました。東京にも30年いましたが、18歳までは、博多にいましたし、僕の人生では、やはり博多がいちばん長いですね。


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  1. 2011/04/02(土) 18:32:31|
  2. 冨永朝堂
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筑紫の地ではや15年。月日は百代の過客。

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